ダビデ・ブルック先生
先生は、1955年から1980年まで、日本の各地で多くの人たちに救い主イエス・キリストを紹介して、いくつかの教会の基礎を作りました。朝霞聖書教会は、先生が宣教師を引退する前に最後に生み出した教会です。
先生は77才になられた今も、大変お元気で、とてもきれいな日本語で楽しいジョークを交えて、聖書のお話しを分かりやすくお話ししてくださいました。
日本の多くのキリスト教会は、戦後多くの宣教師たちによってその基礎を作られてきました。しかも、その多くの先生たちは、あの第二次世界大戦を経験した方たちです。日本との戦いで家族や友人を失った痛みを持っていた方たちもたくさんいました。
かつては日本の国と人々を憎んでいたこの方たちは、イエス・キリストの十字架の愛に迫られて、日本人を愛して、日本人の魂の救いのために来て下さいました。
ブルック先生は、その様な中で、日本人の子どもを養女として迎えて育ててこられました。
私たちは、キリストの愛に揺り動かされて、日本人を愛して、日本人のためにその生涯の一番良い時代をささげてくださった、このような方たちの存在を決して忘れてはいけないと思います。
先生が初めて下さった朝霞聖書教会の働きはこれからも続いていきます。
来週の日曜日(7/3)も、
あさ10:30-12:00 主日礼拝 「うそはグレイ」 お話:林 俊宏牧師(入場無料、自由献金あり)
が開かれます。ぜひあなたも聖書を読み、ブルック先生や多くの宣教師たちの人生を本当の愛で満たしてくださった、救い主イエス・キリストに出会ってください。
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コメント
H先生からのメールのおしりにアドレスがあったのでクリックしてみると、ブルック先生が来られた、ということで懐かしくて書き込みました。
20数年前家でしてオーストラリアへ行ったとき、本当にお世話になりました。
もし、ブルック先生のアドレスなど分かったら教えてください。あの、オーストラリアがあったからこそ、今の牧師としての自分があるわけです。
投稿 かものはし | 2005/07/08 10:03