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2005/07/03

「うそはグレイ」 2005年7月3日主日礼拝メッセージ

「うそはグレイ」
今日の礼拝では、旧約聖書創世記20章を読み、そこから学びました。お話の内容は下の"続きを読む"をクリックしてください。

来週7月10日(日)10:30-12:00主日礼拝は、
「私たちを支えて下さる神さま」
創世記21章です。

入場無料。自由献金があります。聖書や讃美歌などは教会に備え付けがあります。
初めての方を歓迎します。

創世記には、何人かの代表的な人物が登場します。はじめての人間アダム、箱舟で有名なノア、イスラエル民族の始祖であるアブラハム、その子イサク、孫のヤコブ、曾孫のヨセフ。創世記は、これらの人々を取り巻く様々な人間模様が描かれています。

今日は、その中で、アブラハムのことを学びました。アブラハム99才、妻のサラ89才。彼らは住み慣れたカナンの地(パレスチナ)にあるマムレから、エジプトに近い街道にあったゲラルという町に移り住みました。

当時パレスチナには、小さな都市国家がたくさんありました。ゲラルもそんな都市国家でした。その王アビメレクは、アブラハムの奥さんを見初めて、自分の側室の一人として迎え入れます。

その晩、アビメレクの夢に神様が現われて、サラがアブラハムの妻であることを教えて、ただちにサラをアブラハムに帰すようにと語りかけます。

次の朝、アビメレクはアブラハムを呼びだして、「あんたこの女はわたしの妹ですと言ったじゃないか?何でそんなうそつくねん?」と問いただしました。

アブラハムは、「すみません。私がうそをつきました!」と素直に謝らずに、「いやー。この国は、本当の神様を恐れていないので、みんなが私の妻に目を付けて、私を殺すんじゃないかと思いまして。でもね。わたしはうそついてませんよ。だって彼女は、私の母違いの妹だもん。」と、屁理屈をこきました。

神様は、夢の中でアビメレクに、そんなアブラハムに祝福を祈ってもらいなさいと言われていました。それで、アブラハムはアビメレクたちのために祝福を祈らされました。人のために祈るというのは、その人よりも自分が優れた立場にいるからできることです。でも、この場合、どう考えても、アブラハムの立場は、アビメレクの下でしょう。しかし、神様は、それを承知で彼に祈らせたのです。

アブラハムは、アビメレクの前では、グレイなうそをつけても、そのままの状態で神様の前に祈ることはできなかったと思います。きっと彼は、神様の前で自分の失敗を認めて、悔い改めの祈りをしたことと思います。また、そのように見苦しいことをしたことをアビメレクにも謝らずに得なかったはずです。神様は、このことを通して、アブラハムの失敗をカバーしてくださり、また彼の信仰をさらに一歩育てて下さったのでした。

アブラハムという人は、聖書誌上、たったひとり、「神の友」と言われるくらいの人です。そんな人がこんなこと言って、またそんなことをどうして、聖書はわざわざ記録するのでしょう?

礼拝では、主にそのことを考えました。神様は、アブラハムをまことの神を信じる者の代表者として選ばれたのですが、それは彼がパーフェクトな人間だったからではありません。神様は、彼の良いところも悪いところも、強さも弱さもご存知で、敢えて彼を選んで、彼を神の友として育てられました。

だか、聖書は、偉人伝のように、その人の成功やいいことばかりを記録せずに、彼の失敗もありのままに記録しているのです。そして、そのことを通して、もし私たちが聖書を通して、この神様を知り、信じるなら、私たちが自分の失敗や弱さをきちんと受け留めて、その失敗や弱さをきちんと乗り越えていく力を与えてくださるのです。

聖書は、実にたくさんの、また色々な立場や生活、性格の人たちが、生けるまことの神様に出会い、様々な失敗や弱さ、困難を乗り越えていったかが記録されています。その意味では、聖書は、壮大な人生ドラマの本とも言えます。

今の時代、多くの人たちが何のために生きているかを見失っています。またどのようにして自分の弱さや失敗を乗り越えていくかを知らずにいます。ぜひ、聖書を読んで下さい。はじめは少し取っつきにくいところがあるかもしれませんが、必ず聖書の人生ドラマの面白さ、素晴らしさを味わうことができると思います。

また、神が彼らの人生にどのように関わってくださったかを通して、神が私たちの人生にどのように関わってくださるかを知ることができます。

キリスト教会の礼拝(日曜日)では、毎週こつこつと聖書を読み、そのようなことを学んでいます。あなたも一週間のはじめに、聖書を読んでみませんか?

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