毎年、サンクスギビングデーについての聖書からのメッセージを聞いて、サンクスギビングデーの軽食をします。
1620年に、イギリスから新天地を求めてアメリカに向けて、メイフラワー号に乗って出航した102人の人(41人のクリスチャンと一般の人たち61人)たちは、1620年11月20日にアメリカのマサチューセッツに到着しました。
彼らは、"Mayflower compact"という自治ルールを作って、お互いに助け合って、新しい町を作ることを約束しました。
しかし、新天地の厳しい冬に耐えられなくて、約半分の人が死んでしまったそうです。
1621年の春に、耕地を開拓して農作物を作ろうとしてもうまくいかずに、途方に暮れていた彼らを、サモセットとスクワントというインディアンたちが助けを申し出ます。
二人は、彼らにその土地での農業の仕方を教えてくれました。
その助けによって、彼らはその年の秋に、大きな収穫を得ることができました。
そして、彼らは、助けてくれたインディアンの人たちも招いて、ともに神様への収穫感謝祭をしました。
これが、サンクスギビングデーの始まりとのことです。
メイフラワー号でアメリカに渡ってきたクリスチャンたちは、自分たちのことを"Pilgrim-ピルグリム(巡礼)"と呼んでいました。
聖書は、救い主イエス・キリストを信じる者は、この地上では旅人であり、奇留者なのだと教えています。
そして、この地上の神を知らない生き方に侵されないで、かえって神に従う善い行ないによって、神をあかしするように求められています。
私たちが、この世にあって神に従って、良い市民として生活をし、やがて来る天のみ国を目指して、希望を持って生きるようにと教えています。
神様は、そのような私たちの人生の旅路をともに歩んでくださり、いつも私たちに必要なものを備えてくださいます。
だから、私たちは、いつも私たちに必要なすべてのものを備えてくださる神様に感謝をささげるのです。
というよりも、このことを知る時に、私たちは、「あれがない。これがない。」と、いつもつぶやき、不満を並べ立てる生活から解放されて、感謝すること、満ち足りることを知ることができるようになるのです。
先日、日本人の幸福度についての調査がありました。
それによると、若さがあり健康があり、、時間があり、お金に少し余裕があり、都会がすぐ近くにある人が幸福と感じていると出たそうです。
それは、30代の都市部に住む専業主婦にあてはまるのだそうです。
ところが、これらのどれかの要素が欠けてくると、自分は不幸だと思うようです。
この幸福感は、まさしく「あれがない。これがない。」という、ないものを数えているのではないでしょうか?
しかし、私たちが、聖書を通して私たちを造り、私たちを愛しておられる神様がいらっしゃることを知るとき、あれがなくても、これがなくても、今あるものを感謝して、満ち足りることができるようになるのです。
サンクスギビングデーをはじめに祝った人たちは、今の平均的な日本人から比べたら、ずっと不便で、困難な生活をしたことと思います。
しかし、彼らはその様な中にあっても、自分たちをいつも見守り、人生の旅路に必要なすべてのものを備えてくださる神様を見上げて感謝することができたのです。
私たちもいい加減で、「あれがない。これがない。」と数える生活から、あれがなくても、これがなくても神様に感謝する生活に、考え方を切り替えた方がずっと幸せになれることを知るべきだと思います。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
(新約聖書テサロニケ人への第一の手紙5章16-18節)
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