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9月17日特別礼拝がありました

Ts2a07973 9月17日(日)に、このブログでもご案内した特別礼拝がありました。

今回は、お隣りの新座聖書教会の牧師、上村牧子先生をお迎えして、
「神のかたち」
というテーマで、聖書入門のお話をしていただきました。

そのお話の要旨を以下に掲載します。(教会員がメモした物をまとめました)

「神のかたち」創世記1章26-27節

「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」(創世記1章27節)

・それぞれのかたちには目的がある。
もしその目的(役目)を失ったら、そのものの存在理由は無くなってしまう。
それと同じで、人間にとって一番辛いのは、自分の存在理由が分からないこと。
もしそれを知ることができたら、生きる力になるはず。

聖書は、私たちを造られた神がおられ、そのお方が私たちをどのように見ているか、私たちにどんな役割があるかを記録している本。

1.神がこの世界を造られた  
神がこの世界を造られたのは、神の愛の対象である私たち人間を迎えるためだった。
例えば私たちが、自分の家に赤ちゃんが生まれるときに、赤ちゃんのために色々なものを準備をして、赤ちゃんを迎えるのと同じように、神はこの世界を私たちのために造って、大トリに私たち人間を造られた。

2.神のかたちに造られた私たち
神は、私たちをご自分のかたちに造られた。それは、外見のことではなく、神の性質に似た者として造られたということ。  
神が人格を持った存在であるように、私たちも人格のあるものとして造られた。  
私たちが神のかたちに造られたということは、
・神とともに歩むものとして造られた
・私たちのうちに良心・道徳心がある
・人間同士のつながりがある(愛情、友情)
・私たちのために造ってくださった世界を正しく管理する

恵みと喜びに満ちあふれた存在として造られたということ。

3.人間の現実  
私たちは神のかたちに似た者として、神に愛され、神を愛し、人に愛され、人を愛する存在として造られた。
しかし、私たちの現実は、悲劇、無気力、疑問、互いに互いを傷つけ合う、なぜこのようなことがあるのか?  
それは、私たち人間は、私たちを造ってくださった神を信じないで、神のかたちに造られた自分自身を壊してしまったから。
・造り主である神とともに生きることを拒否
→親しいはずの神への恐れ、うしろめたさ
・自分の思いと欲望を優先している
知性を活かして生きているのではなく、自分の思いと欲望のままに人生を選んでいる。
知性・感情・意志が崩壊してしまった。

4.神による解決の道  
神は、きよくて正しい方なので、このような私たちの生き方をさばかなければならない。
しかし、神は同時に愛のお方なので、私たちがもう一度、神に立ち返って、自分の人生の本当の目的、存在理由を知ることができるように、救いの道を用意してくださった。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)  

神は、私たちのために御子イエス・キリストを送ってくださった。
そして、イエスは、十字架の上で、私たちの神を離れた自分勝手な生き方(罪)に対する神の怒りとさばきをすべて身代わりに引き受けて死んでくださった。

さらにイエスは、人生最大の敵である死を打ち破って復活してくださった。  

このイエスを自分の救い主として信じるときに、私たちは、もう一度神との関係を回復することができる。  
神は私たちの中に壊れてしまった神のかたちを回復してくださって、私たちは、もう一度自分の存在理由を取り戻して、生き生きと生きることができるようになるのだ。

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